太造氏が出会った希望のアイデアとは「ソーラーシェアリング」でした。ソーラーシェアリングとは、農地に支柱と太陽光パネルを設置し、農作物を育てながら発電も行うという一石二鳥の仕組みです。
「営農型太陽光発電」とも呼ばれ、農地に降り注ぐ日射を農業と発電で分け合うこの手法は、震災後の日本で徐々に広がりを見せていました。
太造氏は雑草だらけになった地元の畑を見るたび胸を痛めていましたが、このソーラーシェアリングなら荒れた耕作放棄地を活用できると直感します。「森林を伐採せず耕作放棄地をいかして、誰も損をせず地域に潤いと電力と農作物と人を呼ぶことができるのではないか」
――そう考えた太造氏は、自ら率先してこの新しいモデルに挑戦する決意を固めました。 まず手始めに、常陸大宮市辰ノ口地区の河川敷近くにある約10アールの遊休地でブルーベリー栽培と太陽光発電の両立に乗り出しました。
2018年のことです。
高さ数メートルの鉄柱に太陽光パネルを架台で載せ、その下にブルーベリーの鉢植えを約2メートル間隔で並べました。
適度に日差しを透過するパネル配置とし、地表には十分な陽光が降り注ぐよう工夫しました。実験的要素も強いスタートでしたが、太造氏は自社の電気工事技術を総動員して頑丈な設備を作り上げ、見よう見まねで農作業にも挑みます。 初めての農作業に挑む太造氏を、地元のベテラン農家・佐藤さん(仮名)が陰ながら支えてくれました。「最初は草取りの仕方も分からなかった」と笑う太造氏に、一から農業の基本を教えてくれたのです。また、市の農業委員会にも掛け合い、耕作放棄地にソーラーシェアリング設備を設置する許可を取得するなど、行政手続きでも多くの人の協力を得ました。初年度は肥料の加減がわからず実りが少ないトラブルもありましたが、チームで知恵を出し合い改善を重ねます。こうして少しずつ軌道に乗ったブルーベリー農園は、「常陸太陽の庭」と名付けられました。夏の炎天下でもパネルのおかげで圃場には木陰が生まれ、作業環境は格段に向上します。太造氏も「日光が適度に遮られるので、夏の作業も快適です」とその効果を実感しています。
肝心のブルーベリーも次第に順調に育ち始めました。 ブルーベリー農園は、健康で安全な栽培管理により年々充実していき、4年の歳月をかけて色・味ともに素晴らしい実を付けることに成功しました。
収穫されたブルーベリーは粒が大きく糖度も高く、まさに太陽と大地の恵みを感じさせる出来栄えです。荒れ地だった土地は見事に甦り、美しい緑と青い実をたたえる農園へと生まれ変わりました。ソーラーシェアリングによる初の農業事業は、地域にも少しずつ波及効果をもたらします。収穫期には近隣からパートスタッフを雇用し、農作業の人手として手伝ってもらうことで新たな雇用が生まれました。また、「電気も作っている珍しい農園」として地元でも話題になり、収穫したブルーベリーを加工したジャムを道の駅で販売するなど、地域の特産品づくりにもつながり始めています。実際、太造氏は農園を一般開放し、都市部から観光客を招いてブルーベリー狩りを楽しんでもらう計画も進めています。「常陸太陽の庭」の取り組みは、エネルギーと農業の融合が地域にもたらすメリットを実証しつつありました。 ブルーベリーに続いて、太造氏はフルーツトマトの栽培にも挑戦しました。
ソーラーシェアリングで得た手応えをさらに広げるため、農園の一角に最新鋭のビニールハウスを建設し、高品質トマトの水耕栽培を始めたのです。導入したのはメビオール社のImec(アイメック)法と呼ばれるフィルム農法でした。
特殊なフィルム上で苗を育てるこの技術は、水不足や土壌汚染といった問題に対応する世界初の革新的農法で、極めて少ない水で甘く濃厚なトマトを実らせることができます。
常陸大宮市内に新設された最新鋭のトマトハウス内部。吊り下げられた無数のトマトの苗は養液フィルム上で育成されており、水と養分が正確に管理されている。高度管理された環境で、トマトがびっしりと実っている。 太造氏はメーカーの指導を仰ぎながら栽培ノウハウを習得し、フルティカという品種の中玉トマト栽培に成功しました。収穫されたトマトは「フルーツトマト」として糖度の高さを売りに、自社の無人販売所(自動販売機)や道の駅、スーパー直売所で販売されています。
地元の人々も「こんな立派なトマトが常陸大宮で採れるなんて」と驚くほどの出来栄えで、瞬く間に人気商品となりました。 こうして茅根電設工業は、電気工事業者でありながらブルーベリーとトマトを育てる農業生産者という顔も持つに至りました。太陽光発電による売電収入と農産物の販売収入という二本柱は、事業の安定性を高めると同時に、地域に新たな価値を提供しています。荒廃していた土地には再び人々の笑顔が戻り、若者からお年寄りまで農園に集い作業する風景が生まれました。
ビニールハウス内でトマトの収穫作業を行うスタッフ。太陽光発電の下で育つ農作物は品質も高く、地域に新たな価値をもたらしている。収穫は一つ一つ丁寧に手作業で行われている。 電気と農業の融合によって地域に雇用とにぎわいが生まれ、太造氏自身も「父から受け継いだ電気の技術で地域の農地を救うことができた」と手応えを感じています。次第に行政や近隣の農家からも注目され、「自分たちの土地でもやってみたい」という声が寄せられるようになりました。太造氏の挑戦は、小さな成功を積み重ねながら、新しい農業モデルとして地域に根付き始めていたのです。